ミニ・レビュー
性同一性障害を告白、というニュースとは関係なく、シンガー・ソングライターとしての素晴らしい才能を示した1作目。10代という季節が持つ葛藤、軋轢、絶望、その向こうにあるわずかな光を指し示そうとする決意。「さよなら十代」の壮絶ヴォーカルがすごい。
ガイドコメント
実力派シンガー・ソングライター、中村中の1stアルバム。15歳の時に書いた「友達の詩」などのシングル曲を中心に収録。性同一性障害の告白で注目された彼女だが、楽曲の本質は性を超えたひとりの人間としての魅力にあることを証明している。
収録曲
01駆け足の生き様
生きてることの意味に悩み、他人を受け入れられず、ひとり悶々と傷ついてしまう“思春期”という季節を生々しく回顧する、ギター・ロック風ナンバー。中村中の業の深さがまっすぐに伝わってくるリリック、強烈なエモーションが込められたヴォーカルがすごい。
02汚れた下着
若くしてベテランの妖艶さと実力を持つシンガー・ソングライター、中村中の1stシングル。雰囲気満点のジャズと昭和歌謡をクロスさせたサウンドが新鮮。浮気をモチーフにした青年の心理描写がリアルで衝撃的だ。
03友達の詩
ピアノやストリングスの幾重にもなるメロディにも負けない、中村の声量のある歌声に圧倒されるバラード。大切な人へは届かない思いを「友達くらいでいい」と歌う、どこまでも純粋な気持ちが悲しく切なく伝わってくるナンバーだ。
04かくれんぼ
椎名林檎とのコラボレーションで知られる斉藤ネコのヴァイオリン、彼女自身のピアノによるシンプルなアレンジが印象的なアコースティック・バラード。怖くないから、出ておいで、と語りかける、優しげなヴォーカルが素晴らしい。
05風になる
はるか昔、古きよき日本の風景を思い起こさせる、ノスタルジックで大らかなバラード・ナンバー。追いかけても追いかけても、決して自分のものにならない“あの人”に対する思いが、深く深く伝わってくる。映画『叫』(監督・脚本/黒沢清)の主題歌に起用された。
06冗談なんかじゃないからネ
軽やかなピアノのリズムに、思わず肩を揺らしたくなるジャジィなナンバー。中村が曲調に合わせて強弱をつけながら歌うさまは妖艶で、叶わない想いをぶちまける怒りにも似た悲しみを見事なヴォーカルで表現している。
07未練通り
昭和歌謡の影響を色濃く感じさせるメロディ、別れた“あんた”に対する恨み節全開の歌詞、こぶしの効きまくったヴォーカル。あえて歌謡曲ムードを全面に押し出した、ノスタルジック・ポップス。狙ってこういう曲を書けるところが、彼女の才能でもある。
08回転舞台
渋谷公会堂にあった“回転舞台”(現在は撤去されている)をモチーフにしたナンバー。夢を目指してがんばる若者、その迷いと意気込みを交えた歌は、個人的な思い出を超え、普遍的な魅力をたたえている。起伏に富んだメロディも、いい。
09プラットホーム
別れた恋人の記憶を呼び起こしながら、まだ間に合うかもしれない、と未練心を覗かせるミディアム・バラード。やわらかく切なさを表現する歌と姫野徹によるオーボエの美しいメロディが、ゆったりと溶け合い、豊潤な音像を生み出している。
10私の中の「いい女」
彼女が今までにリリースしたシングル2枚のイメージを覆すかのような、パワフルでストレートな3rdシングル。アコースティックで音抜けのよいサウンド・プロダクションで、彼女の声が生々しく伝わってくる。
11さよなら十代
10代に別れを告げ、大人になる決意を固める。誰にでも訪れる(はず)の瞬間を、エモーショナルなメロディとオーガニックなバンド・サウンドで描き出したロック・バラード。ずっしりとした覚悟が伝わるヴォーカルに、ハモンド・オルガンの音色がよく映えている。
12愚痴
妻や友達に対する不平不満をこぼす人たちを見つめながら、そのすべてを慈愛に満ちた声で包み込む。中村中という人間が持っている器の大きさや愛情の深さが、ゆったりと伝わってくるバラード。金原千恵子ストリングスによる壮大なサウンドに心が震える。