ミニ・レビュー
シングルなどで公開していたナンバーがちょうどいい間隔で入り、アルバム曲がその行間を伝える作りになっているのがミソ。現代世相や街の風景が浮かぶ歌、憂いをポップスに落とし込むさまは見事で、聴けば聴くほど沁みてくる。懸命に生きる人に届いてほしい、約10年ぶりのオリジナル・アルバム。★
ガイドコメント
前作『キラーストリート』以来約10年ぶりとなる、2015年3月31日リリースの通算15枚目のアルバム。「ピースとハイライト」「東京VICTORY」といった既発シングルや「アロエ」「イヤな事だらけの世の中で」などの話題曲を満載した超大作だ。
収録曲
01アロエ
4つ打ちのビートと島健のアレンジによる金原千恵子ストリングスの音色やピアノを中心に突き進むアップ・チューン。力強いビートと呼応するように“だから勝負、勝負、勝負出ろ!!”と歌うサビもアグレッシヴ。中盤のラップのナンセンスなリリックもさすが。
02青春番外地
高倉健の名作を思わせるタイトルから、昭和のうらぶれた町が目に浮かぶような懐かしいサウンドで引き込むミディアム・テンポの“酒場ロック”。もちろん歌詞にもその世界観は引き継がれており、学生時代の“酔いどれパーティ”をモチーフにした物語が歌われる。
03はっぴいえんど
JTBのCMソングに起用されたドリーミーなポップ・チューン。ひらがな表記からもあの伝説的なバンドを想起させるもサウンド的な親和性は深くなく、ボッサ風の心温まる雰囲気が印象的。幼い頃から一緒だった二人が恋人になるまでを歌ったような物語も染みる。
04Missing Persons
冒頭のオルガンの静謐な音色からなだれ込むストレートなロックンロール・ナンバー。タイトルや歌詞にでてくる“Megumi”“外交は焦れたら負け”といったフレーズからは日本人拉致問題を想起させる。際どい表現を桑田ならではの飄々とした態度で歌い切るあたりはさすが。
05ピースとハイライト
デビュー35周年を記念した活動再開後の初シングルとして発表された、これぞサザン! とでもいうべきポップ・チューン。歌詞は平和がテーマとなっており、“都合のいい大義名分(かいしゃく)で争いを仕掛け”など強烈なフレーズも。とはいえ、重くなりすぎない軽やかさはさすが。
06イヤな事だらけの世の中で
TBS系ドラマ『流星ワゴン』主題歌に起用されたミディアム・テンポのナンバー。随所に配されたマリンバのような音色やオルガン、ブルースハープなどがどこか異国情緒も演出しているが、物語の舞台は京都。タイトルにも使われたサビ冒頭のフレーズが耳に残る。
07天井棧敷の怪人
野沢秀行のコンガを中心にホーンやピアノでタンゴ調の味付けを施したナンバー。タイトルの“天井桟敷”や歌詞に出てくる“毛皮のマリー”など寺山修司関連の単語を用いつつ、流浪劇団風の世界観で歌う。がなり声を多用した桑田のヴォーカルがしびれる。
08彼氏になりたくて
ロマンティックなエレピやストリングス、美しいコーラスがじんわりと染みるミディアム・チューン。タイトルのとおり、彼氏になるべく奮闘するもフラれてしまった男を主人公とした物語で、小細工なしでメロディの美しさをストレートに味わえる。
09東京VICTORY
桑田自身も出演した三井住友銀行のCMソングに起用されたポップ・チューン。2020年に開催される東京オリンピックを受けて制作され、“東京”をモチーフにしながら、それぞれ故郷に重ねられる歌詞が心に響く。爽やかなサウンドが心地良い。
10ワイングラスに消えた恋
原由子がヴォーカルをとったナンバー。“ワイングラスに言い訳注ぎながら”など、どこか懐かしくも感じさせる表現を多用しつつ、コーラスやブラスを印象的に用いたアレンジ面でも歌謡曲風で統一。儚げな原のヴォーカルの魅力がストレートに味わえる。
11栄光の男
ブルースハープなどを用いたフォーク調の中心に、キーボードやギターで味付け。“「永久に不滅」と彼は叫んだけど”など、“栄光の男=長嶋茂雄”をモチーフに描いたナンバーで、浮かれたあの頃と厳しい現在を対比しつつ、生き抜いていく男の生き様を歌う。
12平和の鐘が鳴る
NHKの「放送90年イメージソング」として書き下ろされたナンバー。ピアノを中心にストリングスが絡んでいくバラードで、戦争から立ち上がり、平和へ向けて歩んできた日本の歴史と未来への希望を歌う。桑田のメロディメイカーとしての魅力が最大限に発揮されている。
13天国オン・ザ・ビーチ
軽やかなピアノのリフと軽薄なコーラスで幕を開けるポップ・チューン。古き良き昭和感全開のサウンドに乗せて、桑田の魅力のひとつである“下ネタ”全開のフレーズを連発。ふざけつつもメロディは強烈にキャッチー、というバランス感が“らしい”。
14道
エレアコを中心に据えたシンプルなサウンドで進むエモーショナルなバラード。恋にだらしなかったり、みすぼらしくて見栄っ張りだと思われても歌うたいになれる。自らのことを歌ったかのような歌詞が印象的で、“愛したのはあなただけ”のメッセージが刺さる。
15バラ色の人生
“画面の中の恋愛”“現実離れの虚構”など、架空の広場=SNSを中心に回る現代社会への痛烈な皮肉を浴びせたナンバー。恋愛や欲望を肉感的で色っぽく描くことで、対比はより鮮明に。語りかけるような自由な歌い回しがはまっている。
16蛍
映画『永遠の0』主題歌に起用されたドラマティックなバラード。ピアノやストリングスに乗せて、友との永遠の別れを歌う。壮大な展開を予感させるサウンドとは裏腹に3分強と尺自体は短めだが、その潔さがじんわりと染みる余韻を演出している。