ミニ・レビュー
初ソロ。エレクトロニックな実験的方法論により深遠なるサウンド空間にプライベートなスケッチを描きだし、既存の“ポップ音楽”からの逸脱の先にある新たなポップ音楽の形を提示する。だが、その一方ではレディオヘッドの“核”を再認識させる一枚ともいえる。
ガイドコメント
レディオヘッドのフロントマン、トム・ヨークの初ソロ作品。バンドとはまったく異なる音世界を「よりビートがきいていて、エレクトロニクスな音」と本人は表現。レディオヘッド・ファンにとって未知数の世界が繰り広げられている。
収録曲
01THE ERASER
ほとんどがピアノのコード進行と電子ビートのみで構成されたシンプルなトラックと、陰鬱なトム・ヨークのヴォーカルに被さる賛美歌さながらの多重コーラスが絶望と希望を映し出す。明滅する闇と光のコントラストが美しい。
02ANALYSE
暗く深い森の中へと迷い込んでいくような一曲。リフレインするメロディ、右から左から押し寄せる音の囁きが、聴くものの方向感覚を麻痺させ、闇へと誘っていく。耽美的でありながらも悪魔的な魅惑に満ちあふれた危険な曲だ。
03THE CLOCK
性急に刻まれるビートと無限を感じさせる緩やかな歌声が、三次元的な時間の概念を描き出しているかのようだ。トム・ヨークの詩人としても、サウンド・クリエイターとしても底抜けの才能を感じさせられる。
04BLACK SWAN
一定のリズムを刻むビート、淡々とフレーズを奏でるギターとキーボード。どのパートにも派手な要素はないが、織り合って生まれるサウンドの美しさは絶品。音の縦糸と横糸の配置の絶妙さが成す、職人的な技が光る一曲。
05SKIP DIVIDED
電子ビートとサウンド・コラージュを中心としたトラックの中で、深い闇を讃え希望へと想いを馳せるトム・ヨークの歌声が重く響く。この圧倒的な黒さと美しさは、21世紀のヴェルヴェット・アンダーグラウンドと形容すべきか。
06ATOMS FOR PEACE
ミニマルなエレクトリック・ビートを主体としたシンプルな構成が印象的なナンバー。この曲のトム・ヨークの歌声だけは、どこかしら優しさと安らぎに満ちている。賛美歌にも似た神聖さを持った、潔さが全体を覆う一曲だ。
07AND IT RAINED ALL NIGHT
シンプルな曲が目立つアルバム『ジ・イレイザー』のなかで、最も多彩なサウンドが導入されている一曲。それゆえにかなりカオティックな仕上がりとなっているが、全体の統制は保たれており、表面的な混沌というよりも忍び来る災厄的なものを感じさせられる。
08HARROWDOWN HILL
ミニマルなトラックを背景に、詩を呪文の詠唱のように淡々と歌い上げるトム・ヨークが迫る。シンプルなトラックがゆえに、ヴォーカル・パートのメロディが際立って胸にダイレクトに訴えかけてくる一曲だ。
09CYMBAL RUSH
電子音のサウンド・コラージュによるほぼビートレスなトラックと、それに相反するようにメロディを紡ぎだすヴォーカル。無から徐々に構築されていく世界が、彼の求める新世界かどうかは定かではないが、そこに希望を見出しているのは確かなようだ。