ミニ・レビュー
前作より8年ぶりとなる、96年にリリースされたパティ・スミスの本作は、この頃、近親者を立て続けに失っていた彼女による祈りのアルバムだ。深い喪失感を抱えながらも、凛とした彼女の表現者としてのポジティヴさに心打たれる。ジェフ・バックリィ、レニー・ケイらのゲスト参加にも注目。
収録曲
01ゴーン・アゲイン
ツェッペリンばりのギター・リフとリズム・パターンをフィーチャーしたワイルドなブルース・ロック・チューン。94年11月に急逝した夫フレッド・スミスとの共作による意欲作。パティとフレッドが計画していたギター・ロック・アルバムを象徴する曲でもあった。
02南十字星の下で
多重録音されたアコギの豊饒なサウンド、ジョン・ケイルのオルガン、トム・ヴァーラインのエレキ・ギター、ジェフ・バックリーのコーラスをバックに歌われる美しいバラード。故ロバート・メイプルソープに捧げた“The Coral Sea”の物語を基にした歌詞も素晴らしい。
03アバウト・ア・ボーイ
94年4月に自殺したニルヴァーナのカート・コバーンに捧げられた曲。グランジ仕様のエレクトリック・ギターによるノイジーなサウンドをフィーチャーした演奏をバックに歌われるメランコリックなブルース曲。オリヴァー・レイによるギター・フィードバックが圧巻。
04マイ・マドリガル
急逝した夫フレッド・スミスに捧げられたメランコリックなバラード。ピアノとチェロをフィーチャーした荘厳なサウンドをバックに、フレッドの想い出と遺された者の心情が歌われている。“死が私たちを分かつまで”というリフレインが痛いほど胸に沁みる名曲。
05サマー・カニバル
レコーディング前に急逝した夫フレッド“ソニック”スミスとの共作曲。トム・ヴァーレインのリード・ギターをフィーチャーしたワイルドなギター・バンド・サウンドをバックに、パティもパワフルなヴォーカルを聴かせる。隠し味に近いミュージカル・ソウの音色も効果的。
06デッド・トゥ・ザ・ワールド
アコギやダルシマーをフィーチャーしたカントリー調のバラード。悲しげな歌詞だが、音楽的には陽気なワルツ。パティがディランを意識したようなヴォーカルを聴かせてくれる。マカロニ・ウエスタンのテーマ曲のようなメロディを奏でる間奏の口笛が印象的。
07ウィング
アンプラグドなサウンドをフィーチャーしたメランコリックなロッカ・バラード。初期のパティの詩“Wing”を基に書かれた歌詞は、急逝した夫フレッド・スミスの不在による喪失感に焦点を合わせたものになっている。パティの物憂げなヴォーカルが怖いほど美しく響く。
08烏
パティの妹キンバリー・スミスのマンドリンをフィーチャーしたワルツのバラード。死の象徴である“カラス”を効果的に使った歌詞は決して暗いものではなく、ポジティヴな人生讃歌になっている。パティのヴォーカルとキンバリーのマンドリンが素晴らしい。
09ウィキッド・メッセンジャー
ボブ・ディランの『ジョン・ウェズリー・ハーディング』(1967年)収録曲のカヴァー。95年12月のディランとの共演ツアーでも歌っていた曲のワイルドなヘヴィ・ロック・ヴァージョン。鬼気迫るようなパティのヴォーカルとレニー・ケイのギター・ソロが凄まじい。
10ファイアーフライズ
パティの読経のようなハミングから始まるメランコリックなバラード。エレクトリック・ギター、パーカッション、エスレイジが奏でる瞑想的なサウンドをバックに、パティが祈るような歌声を聴かせる。音楽そのものが一種の降霊の儀式のようにも感じられる不思議な曲。
11フェアウェル・リール
アコギの弾き語りによる赤裸々なバラード。この曲の中でパティは自身に起こった出来事を理解し、いまは亡き夫への永遠の愛を表明し、そして子供たちと共に生きていくことを宣言している。彼女にとって死は旅の継続を意味していると再確認させてくれる曲。