ミニ・レビュー
まったくとんでもない処女作である。ストイックでいながらなお湿り気を残した歌声が、聴き手の感情の源泉に強烈な爪痕を刻みつける。全曲シングル・カットOKのポピュラリティと、詩に象徴される寒気すら覚えるアナーキズムが絶妙に絡み合った大傑作。★
ガイドコメント
98年5月に「幸福論」でデビューした椎名林檎の1stアルバムは“新宿系自作自演屋”である彼女の本領が存分に発揮された作品。ポップでありながら歌詞ではアナクロな感性を見せるなど、すでにユニークな個性がスパークしている。
収録曲
01正しい街
衝撃的なドラムで始まる、1stアルバム『無罪モラトリアム』のオープニング・ナンバー。百道浜や室見川といった故郷・福岡の地名が盛り込まれた歌詞からは、彼女の決意や屈折した思い出が感じられる。
02歌舞伎町の女王
新宿系自作自演、という当時のキャッチ・コピーを定着させるに十分なインパクトを与えた2ndシングル。「男と出て行った母に代わって歌舞伎町の女王になる」という歌詞の世界を現実にしてしまったかのような勢いを感じさせる。
03丸の内サディスティック
1stアルバム『無罪モラトリアム』収録のポップ・ナンバー。リアルかつ、狂った丸の内OLの胸の内を、韻を踏んだ言葉遊びを用いて退廃的に歌い上げている。歌詞には顔なじみのベンジー(浅井健一)もグレッチのギターを持って登場。
04幸福論 (悦楽編)
1stアルバム『無罪モラトリアム』に収録された(アルバムとシングルは別ヴァージョン)椎名林檎のデビュー・シングル。誠実で純粋な歌詞をブルージィな雰囲気で歌い上げる、椎名林檎の原点と言える楽曲。
05茜さす 帰路照らされど…
1stアルバム『無罪モラトリアム』に収録された、故郷の福岡在住時に制作したミディアム・ナンバーで、サントリー「カクテルバー」CM曲。思春期に感じる不確実な恋の痛みを、振り絞るような高音で歌い上げている。
06シドと白昼夢
07積木遊び
1stアルバム『無罪モラトリアム』収録の痛快な疾走ロック。陰湿な雰囲気を常に醸し出しながら、コミカルなことをさらっと陽気にやりのけてしまう彼女の創造力とセンスには感服。ロック、パンクが駆け抜けるサウンドに、するりと“なんちゃって御琴”が入り込むブリッジには“やられた”と思わざるをえない恍惚の3分半。
08ここでキスして。
1stアルバム『無罪モラトリアム』収録の、椎名林檎の名を世間に知らしめることとなった代表曲。独特の歌詞や語尾の伸ばし方、ビブラートなど、彼女の個性が思い切り全面に出た狂おしいほどに切ないラヴ・ソング。
09同じ夜
1stアルバム『無罪モラトリアム』収録曲。イントロのヴァイオリンが特徴的な、落ち着いた印象のバラード・ナンバー。しかし曲はそのまま終わらず、最後には狂ったような感情へ昇華されるところが椎名林檎らしい。
10警告
1stアルバム『無罪モラトリアム』に収録のロック・チューン。淡々としたリズムの波に印象的なギター・リフがのってつつき出すと、それに反応したドラムが活気を得、ヴォーカルもうねり出す。生き生きとした肉欲的なサウンドが耳を捉えて離さない。ラストの艶めかしい声を聴き終えてリワインドしていたら、彼女の術中にハマった証拠。
11モルヒネ
1stアルバム『無罪モラトリアム』の最後に収められた曲。少々けだるい雰囲気のベース・ラインに自虐的かつ抽象的な歌詞が乗る様は、まさに脳内麻薬が分泌されているように思える。メロディの良さが際立つ佳曲。