ガイドコメント
ビートルズ解散後の70年にリリースされた初のソロ・アルバムが、全曲デジタル・リマスタリングで再登場。彼ならではの繊細かつメロディアスなサウンドが、2枚組全23曲にわたって楽しめる。
収録曲
[Disc 1]
01アイド・ハヴ・ユー・エニイタイム
ボブ・ディランとの共作曲。抑えた立ち上がりから緩やかに盛り上げていく展開が新たな船出の序曲にふさわしい。ジョージの歌声はビートルズ時代よりも穏やかで力強い。エリック・クラプトンが奏でるリード・ギターの音色とフレージングも秀逸。
02マイ・スウィート・ロード
スライド・ギターの音色の柔らかさが、そのまま彼の人柄を表わしているように思えるソロ・デビュー曲。コーラスの繰り返しによるマントラ効果を駆使した稀有なポップ・ソングを、いまだに「道」の歌だと思っている人も多い。
03ワー・ワー
のちにデレク&ザ・ドミノスとなる辣腕助演陣による演奏だが、フィル・スペクターの巨大な“音の壁”が立ちはだかり、演奏の細部を聴き取るのは難しい。狂騒的なサウンドだが、その感触は意外にもクール。歌詞のポールへのメッセージにも醒めた印象がある。
04イズント・イット・ア・ピティー (ヴァージョン1)
ジョージのキャリアを代表する名曲のひとつ。執拗なまでの多重録音による分厚い“音の壁”が圧巻。ポップとかロックとかいうよりも現代アートに近い印象もあるが、その“音の壁”がジョージのきわめて精神的な主題を劇的に浮かび上がらせている。
05美しき人生
全米チャート10位のヒット曲。ギター・リフが印象的なポップ・ソング。フィル・スペクターの“音の壁”がほぼ全篇を覆っているが、コーラス隊を従えたジョージの歌声は力強い。アップ・テンポのために判断し難いが、曲自体はゴスペルの匂いが濃厚。
06イフ・ノット・フォー・ユー
ジョージお気に入りのボブ・ディラン作のラブ・バラード。ディランの『新しい夜明』ヴァージョンよりも少し遅いテンポで、よりメロウでドリーミーに仕上げたサウンドがジョージの歌声にはよく似合っている。エリック・クラプトンが奏でるドブロ・ギターも好演。
07ビハインド・ザット・ロックト・ドア
隠遁生活から脱け出したばかりの畏友ボブ・ディランに捧げられた曲。ピート・ドレイクのスティール・ギターをフィーチャーしたカントリー調のワルツだが、フィル・スペクター制作による影響なのか、土臭さは希薄で、透明な浮遊感が漂っている。
08レット・イット・ダウン
フィル・スペクターならではの壮大な“音の壁”とジョージのメロウな歌声とのコントラストが鮮やか。非マッチョな歌声を“音の壁”に埋没させず、むしろその個性をより強調するために“音の壁”を効果的に活用してみせる手腕はさすがスペクター。
09ラン・オブ・ザ・ミル
ポールに向けたメッセージ・ソングだが、ジョージの語り口はあくまでも冷静。生ギターによるイントロが「ヒア・カムズ・ザ・サン」を連想させる。変拍子を挿入しながら適度にレイドバックしたユルいグルーヴを生むリズム・セクションも好サポート。
10アイ・リヴ・フォー・ユー
“新世紀編集版”で新たに追加収録されたトラック。アウトテイクだったことが信じられないほど見事な仕上がりのバラード。ジョージの歌声はひたすら優しく、ピート・ドレイクのペダル・スティール・ギターをフィーチャーしたサウンドも緩やかで心地よい。
11ビウェア・オブ・ダークネス
“新世紀編集版”で追加収録されたトラック。録音セッションの前に、書き上げたばかりの新曲をフィル・スペクターに聴かせるために生ギターの弾き語りで歌ったデモ音源。歌詞はまだ完全ではないものの、曲自体のパワーはリアルに伝わってくる。
12レット・イット・ダウン
“新世紀編集版”で追加収録された未発表音源。生ギターの弾き語りによるデモ・トラックに、新たにギターやシンセサイザーをダビングしたヴァージョン。フィル・スペクターの“音の壁”がないから、ジョージの歌声や曲自体の魅力をじっくりと堪能できる。
13美しき人生
“新世紀編集版”で追加収録された未発表音源。ピッコロ・トランペットやオーボエをフィーチャーしたラフ・ミックスのバッキング・トラック。過剰の上に過剰を重ねた大袈裟なサウンドだが、いかにもフィル・スペクターらしいし、これはこれで面白い。
14マイ・スウィート・ロード (ニュー・センチュリー・ヴァージョン)
“新世紀編集版”のためにリメイクされたニュー・ヴァージョン。オリジナルのベーシック・トラックにリード・ギター、シタール、サントゥールなどをダビングし、ヴォーカルとコーラスも新たに録り直している。エンディングには歓声や拍手のSEも収録。
[Disc 2]
01ビウェア・オブ・ダークネス
カヴァー・ヴァージョンも多い名曲中の名曲。ラダ・クリシュナ・テンプルのメンバーが語った「Maya(幻影)に気をつけなさい」という言葉に触発されて書かれた。ジョージの歌声も含むサウンドの微妙な揺らぎと劇的な展開が危険なほど魅惑的。
02アップル・スクラッフス
アップル・ビルの前にたむろするファンの女の子たちに捧げられた曲。生ギターとハーモニカによるフォーキーなサウンドがボブ・ディランを連想させる。弾き語りの一発録りのようだが、ダビングされたコーラスだけはかなり凝っている。
03サー・フランキー・クリスプのバラード
当時、ジョージが購入したばかりの大邸宅“フライアー・パーク”の元の所有者だった19世紀の貴族の名を冠した曲。謎めいた歌詞は難解だが、メロディはキャッチー。オルガンとペダル・スティール・ギターで構築された70年代版“音の壁”が斬新。
04アウェイティング・オン・ユー・オール
フィル・スペクター制作による“音の壁”が津波のように聴き手に襲いかかるアップ・テンポのロックンロール。「神の名を唱えれば自由になれる」と歌うジョージのヴォーカルも力強い。シングルとしてリリースされていたら、ヒット曲になっていたかも。
05オール・シングス・マスト・パス
ジョージの新たな旅立ちを象徴するアルバム・タイトル曲。ザ・バンドの曲調をイメージして作られたらしいが、そのサウンドはジョージらしい複雑なミクスチャーによる独創的なもの。淡々と歌われる歌詞も味わい深い。邦題をつけるなら「万物流転」か。
06アイ・ディッグ・ラヴ
繰り返されるピアノのフレーズとリンゴのタムを多用したドラミングが印象的な曲。性的な歌詞も面白いが、一風変わった曲調のせいか、いやらしさは稀薄。黒人音楽的でもあるけれど、混合の具合がユニークだから、あまり黒っぽくは感じない。
07アート・オブ・ダイイング
1966〜67年に書かれた曲。「死の芸術」という前衛的なタイトルゆえに発表が遅れたようだ。ジョージらしい趣向を凝らしたアート・ロック仕様の編曲で、ワウ・ペダルを使ったエリック・クラプトンのリード・ギターがサウンドを先導している。
08イズント・イット・ア・ピティー (ヴァージョン2)
「イズント・イット・ア・ピティー」のリプライズ・ヴァージョン。音数の少ないアーシーなサウンドから劇的に盛り上げていく編曲が光る。“音の壁”は控えめだが、エコーやリズムなど、細部の仕掛けはいかにもフィル・スペクターらしい。
09ヒア・ミー・ロード
神への祈りを歌ったハリスン流ゴスペル曲。歌詞も曲も荘厳で重々しく、演奏も重厚だが、フィル・スペクター制作によるシンフォニックなサウンドのせいか、抹香臭さや説教臭さは稀薄。ジョージとスペクターとの相性の良さを再認識。
10ジョニーの誕生日
クリフ・リチャードのヒット曲「コングラチュレーションズ」の替え唄。ビートルズ初期からローディやロード・マネージャーを務め、当時アップルの重役だった旧友マル・エヴァンスとの共演によるもので、テープの回転速度を操作したお遊び的なトラック。
11プラッグ・ミー・イン
ジョージ+デレク&ザ・ドミノス+デイヴ・メイソンによるジャム・セッション。ジョージ、クラプトン、メイソンのスリリングなギター・バトルが楽しめる。ここではメイソンの熱演が目立つ。ジム・ゴードン、カール・レイドル、ボビー・ウィットロックの演奏も強力。
12アイ・リメンバー・ジープ
エリック・クラプトン、ジンジャー・ベイカー、ビリー・プレストンらによるジャム・セッション。ジョージはムーグ・シンセサイザー担当で、演奏というよりもむしろSEに近いが、大胆不敵な乱入ぶりで笑わせてくれる。タイトルの「ジープ」は、クラプトンの愛犬の名前。
13サンクス・フォー・ザ・ペッパロニ
ジョージ+デレク&ザ・ドミノス+デイヴ・メイソンによるロックンロール・セッション。ジョージ、クラプトン、メイソンのギター・バトルではメイスンが好演。クラプトンのギターはオフ気味で、脇にまわっている印象。ジョージの演奏は独特のフレージングが面白い。
14アウト・オブ・ザ・ブルー
ジョージ+デレク&ザ・ドミノス+ボビー・キーズ+ゲイリー・ライトによる11分を超えるジャム・セッション。キーズのサックスとライトのオルガンが目立っているが、中盤ではジョージが演奏を先導し、終盤のクラプトンのブルージィなソロでクライマックスを迎える。