ミニ・レビュー
製作費たったの73,000円、8トラック、3日間でレコーディング完了という環境が信じられないニルヴァーナのファースト。なのに、ここにこめられた衝動はむしろ出世作『ネヴァーマインド』以上で、彼らが音楽を手にとった必然が重く熱く伝わってくる。
ガイドコメント
89年にわずか600ドルで制作された正真正銘の1stアルバムをデジタル・リマスター復刻。カート・コバーンの才能が原石としてすでに表われている。グランジを語る上では貴重な1枚。
収録曲
01BLEW
ベース・ラインに導かれ、カートがつぶやくように歌い出す。ギターやドラムも加わり練り上げられる不穏なムードが、中盤以降に大中小の規模で爆裂。デビュー作『ブリーチ』の冒頭を飾った、ヘヴィで刺激的なナンバー。
02FLOYD THE BARBER
コメディ・ドラマ『メイベリー110番』の設定を歌詞の下敷きにした、パンキッシュなナンバー。微笑ましいドラマも、カートの手にかかれば登場人物全員が殺意を抱くパラレル・ワールドへと暗転。音だけでなく歌詞も重い。
03ABOUT A GIRL
カートが当時のガールフレンド、トレイシー・マランダー(『ブリーチ』のジャケットは彼女が撮影)のために書いたラブ・ソング。ビートリッシュなメロディ・センスが活きた、秀逸なポップ・テイストが魅力だ。
04SCHOOL
「休み時間なし」など、わずか15語の単語で構成されたシンプルすぎる歌詞が特徴的。カートの学生時代が下敷きになっているようだ。曲調もトリック皆無のストレートさゆえ、ギター・ソロの鋭利さが際立つ効果も発生。
05LOVE BUZZ
ショッキング・ブルーのさして有名でない曲をカヴァーした、デビュー曲のアルバム版。原曲のエキゾティックな雰囲気をベース・リフで踏襲し、メタリカルなサウンドでグランジ・ポップ化。シングル版とはイントロに違いがみられる。
06PAPER CUTS
カートの故郷で実際に起きた児童監禁虐待を、“虐待される側”の視点で描いたスロー・ナンバー。軋みをあげるサウンドとカートの苦しげなヴォーカルが、児童虐待の暗部を表現。音のみならず、テーマも実にヘヴィだ。
07NEGATIVE CREEP
「スクール」と同じくらい単語の数が少ないシンプルな歌詞を、スラッシュ・メタル風サウンドに乗せて歌い倒す高速ナンバー。全編攻撃的な曲調だが、合間に挿入される小休止が絶妙なアクセントとして機能している。
08SCOFF
カートが両親に対し、懇願や逆ギレを繰り広げているような内容の歌詞が展開されるナンバー。重心の低いドラミングが支配する音空間で、カートがささくれ立ったギター・リフと、絶叫交じりのエキセントリックな歌唱を繰り広げる。
09SWAP MEET
スピード感はあるもののどこか凸凹としたリフが印象的な、ニューウェイヴ感覚あふれるヘヴィ・ロック・ナンバー。フリーマーケットで手工芸品を売りながら生計を立てる男女を歌った詞が、貧困層の苦い気分を活写している。
10MR.MOUSTACHE
リズミカルなベース・ラインが、曲全体に得がたい高揚感をもたらす快速ナンバー。タイトルはカートが描いたコミックにちなんだもので、歌詞では典型的白人労働者像が描かれている。肉食の強調は菜食主義への当てこすりか!?
11SIFTING
『ブリーチ』期の彼らが得意とした、じっくりと責め上げるようなテンポのグランジ・ナンバー。保守的で権威的な白人への挑発が感じられる歌詞には、この時期のカートがよく使ったリフレインの手法が多用されている。
12BIG CHEESE
日本のバンド“フード・ブレイン”の「目覚まし時計」にそっくりすぎるイントロに驚愕。そのイントロが生む不気味なムードのなか、所属レコード会社のお偉いさんを挑発&揶揄する。感情的な歌詞に対し、音は不気味な抑えっぷり。
13DOWNER
カートが敬愛するバンドのひとつ、ブラック・フラッグを思わせるハードコアなナンバー。為政者を罵倒する政治的な歌詞にも、彼らからの影響がみられる。『ブリーチ』のCD化に際し、ボーナス・トラックとして追加収録された。