ミニ・レビュー
王者ラッパーとヒップホップ界希代の洒落者の全面コラボが、ついに実現。スケジュール調整のため、世界各都市でレコーディングされたという逸話はいかにもだが、オーティスやカーティスの歌声をフィーチャー。モード感ある音作りの狭間に、黒人音楽としての“本気度”も見せる。客演も豪華。★
ガイドコメント
ヒップホップ・シーンの2大スター共演によるアルバム。ビヨンセを妻に持つ大御所ジェイ・Zと斬新な切り口で最先端を行くカニエ・ウェストによる夢のプロジェクトで、1stシングル「H.A.M.」を含むクオリティの高い楽曲が揃った重要作だ。
収録曲
01NO CHURCH IN THE WILD
トピックはオッド・フューチャー(OFWGKTA)のフランク・オーシャンの客演。黄昏をも感じさせつつ、野生の地に教会は要らないと歌う。ザ・ドリームは短くもエフェクト声で印象的な足跡を。ジガとカニエは脇でも充分な存在感。ドロッと粘着したトラックも効果的。
02LIFT OFF
Q・ティップやLMFAOの制作参加も豪華だが、ここでの主役はビヨンセ。月まで飛んでいこうと活気づける力強い歌唱は圧倒的だ。旦那のジガは控えめだが、カニエは気ままにフロウ。推進力のあるトラックで、さらに高みへ飛ぶ姿を披露する。
03N---AS IN PARIS
Hit-Boyのキーボード&スネアのコンビがジェイとカニエのフロウを勢いづかせる。そこらの成金とは違うんだとばかりに格の違いを強調して、終始フロウが突き進む。“俺たちのゾーンの幕開けだ”と、パリからの高笑いが聞こえるようだ。
04OTIS
オーティス・レディング「トライ・ア・リトル・テンダネス」をメインで使った自画自賛ソング。ジガが“スワッガーはまた俺のものだ”と勝ち誇り、カニエは“俺のシャレたフロウは金じゃ買えねえ”とうそぶく。JBの奇声も拝借し、今の頂点の座への君臨を証明している。
05GOTTA HAVE IT
「マイ・サング」などのファンキーなJB楽曲を組み合わせたカニエ好みのサンプリングに、ネプチューンズの手によるエスニックなサウンドが融合。シカゴのカニエとブルックリンのジガが地元を称えながら、大金稼ぎの術を説きちらす一曲だ。
06NEW DAY
RZAのプロダクションによる牧歌的とも侘びしいとも感じられる雰囲気で覆われたナンバー。ニーナ・シモン「フィーリン・グッド」を加工した旅愁的な下敷きとともに、カニエとジガがまだ見ぬ子供たちへ託す未来への手紙を神妙に綴っている。
07THAT'S MY BITCH
インクレディブル・ボンゴ・バンド「アパッチ」のパーカッシヴなビートに乗せ、JBナンバーを注入しながら、それぞれが俺の女自慢を展開。カニエはいつもの下世話調で、ジガは愛妻ビヨンセへ最上級の賛辞。自分の女は自分でゲットしろ、とのご忠告だ。
08WELCOME TO THE JUNGLE
ガンズの代表曲名を借りて、これまでの激動の半生を殴りつけるように吐き散らす。制作のスウィズ・ビーツの“ジャングルへようこそ”とサヴァイヴァルな人生を生き抜いてきた二人を尻目に告げるフックや単調に走るビートが、かえってジリジリした辛苦を伝えている。
09WHO'S GON STOP ME
俺らを止められるヤツなんていやしねぇと高圧的に迫る、ダーティなムードのトラック。UKダブステップ界の注目株フラックス・パビリオン「アイ・キャント・ストップ」をフックに差し込み、ジガは“ブラック”からの成就を、カニエは嫉妬連中への皮肉を叫ぶ。
10MURDER TO EXCELLENCE
スウィズ・ビーツ制作「マーダー」とS1制作「エクセレンス」が交差するビートを下敷きに、ニュースに踊る黒人同士の殺戮を嘆く。社会性の高い気持ちが澱むテーマだが、無邪気にも聴こえるインディゴ・ツインズで知られる姉妹の「ラ・ラ・ラ」のバックが救いだ。
11MADE IN AMERICA
オッド・フューチャー(OFWGKTA)のフランク・オーシャンを取り込んでのアイロニックなアメリカ賛歌。抜けのいいフランクの伸びやかな歌唱が印象的な浮遊感漂うフックを間に、カニエが人生の錬金術を、ジガが不遇からの成就を独白していく。
12WHY I LOVE YOU
カシアス「アイ・ラヴ・ユー・ソー」の力も借りながらテキサスのマイク・ディーンがまとめた、黒人たちへのラヴ・ソング。ジガとカニエの掛け合いは、さながらブラックジョーク・ショウのよう。繰り返される“黒”の悲しみを問うた歌だ。
13ILLEST M----------R ALIVE
サウスサイドのシリアスなシネマ風トラックをバックに、カニエは最高峰の勝ち組を宣言、ジガは自身らを“ビートルズの再来”“ビヨンセが俺のオノ・ヨーコ”とシーンの制圧を予告。大仰なバック・コーラスとキッド・カディによるアウトロで、この物語の幕が降ろされる。
14H.A.M
冷淡なチキチキとしたビートとエモーショナルなオペラ風のコーラスが不穏な空気と激動の展開をもたらす。裏切りが横行するストリートから成り上がった二人が、圧倒的な財力で雑魚な連中を一刀両断。終盤のもの悲しいオペラ調は小成金への慈悲さえ感じる。
15PRIMETIME
オレンジ・クラッシュ「アクション」使いのNO IDによるオールドスクール・スタイルのトラックが耳を引きつける。“プライムタイム”まで昇り詰めた錬金術話をかざし、まだまだ夜はこれからだと絶頂が終わらないことを示唆。いきがるだけの連中への強烈なパンチだ。
16THE JOY
カーティス・メイフィールド「ザ・メイキング・オブ・ユー」を拝借したピート・ロックのビートに酔いしれるように、カニエとジガがご機嫌にフロウ。後半にはシル・ジョンソンも配し、自らの“勝利”とその喜びに満悦。彼らにとって至極のチル・タイムだ。