ミニ・レビュー
“ハチ”としても人気を集める男性シンガー・ソングライターのセカンド・アルバム。誰もが楽しめるポップスという枠組みの中でいかに面白いことに挑むかをテーマにしたような曲が並んでいるが、中でも阿波踊りを思わせる「ホラ吹き猫野郎」などにこの人の潜在的なビート感を見いだすことができる。
ガイドコメント
前作『diorama』以来約2年ぶりとなる、2014年4月23日リリースの2ndアルバム。ボカロ・シーンで絶大な人気を誇る“ハチ”が米津玄師名義で放つ、強力な個性を発揮した一枚となっている。
収録曲
01リビングデッド・ユース
イントロからジャキジャキと刻むギターのカッティングが疾走感を生み出すアップ・チューン。“リビングデッド=生ける屍”のように、大人になれぬままさまようやり切れない想いを綴りつつ、それでも希望を灯す歌詞がソリッドなサウンドに映える。
02MAD HEAD LOVE
米津玄師ならではの“和”な要素が随所に散りばめられた2ndシングル。高速BPMに早口言葉なみに詰め込まれた歌詞がさらに疾走感をもたらすアップ・テンポのナンバーで、不協和音ギリギリの不思議なコーラスや鍵盤が独特な緊張感を生み出している。
03WOODEN DOLL
イントロの印象的なリフを中心に、8分の6拍子で突き進んでいくどこまでもポップなギター・ロック・チューン。テクニカルなアレンジで細かくリズムを刻んだ前半とは対照的に、シンプルなサウンドで伸びやかに描いたサビの開放感が印象的。
04アイネクライネ
蔦谷好位置がアレンジ&キーボードで参加した東京メトロの2014年度CMソング。アコースティック・テイストの前半から、歪ませたギターをきっかけにサビで爆発するミディアム・バラードで、大切なあなたと出会えた感謝とそれがもたらす痛みを歌う。
05メランコリーキッチン
どこか湿気を帯びたようなサウンドで、キッチンを中心に展開するストーリーをまとめたロック・チューン。その気だるげなサウンドは、倦怠感に包まれているような二人の物語を見事に演出。スパッと終わるラストが鮮烈な後味を残す。
06サンタマリア (ALBUM VER.)
メジャー・デビュー・シングルで、シンプルなバンド・サウンドに後藤勇一郎の手によるストリングスが彩りを添えた壮大なバラード。“決してひとつになりあえない”ことを受け入れつつ、それでも一緒に手を繋いで歩いていこうというメッセージが感動的。
07花に嵐
切れ味鋭いカッティングから自由自在なフレーズまで、ギターがサウンドの中心を担ったロック・チューン。細かな部分まで練られたバンド・アレンジをバックに、大きなフレーズで構成されたメロディを伸びやかに歌うヴォーカルが映える。
08海と山椒魚
和風なメロ&サウンドにちょっぴりダブの成分を加えたようなゆったりとしたリズム&アレンジが印象的な縦ノリのナンバー。“岩屋の陰に潜み……のろまな山椒魚だ”など、井伏鱒二の名作をモチーフに、エモーショナルなヴォーカルを響かせる。
09しとど晴天大迷惑
爽快に走り抜けるギター・ロック・ナンバーにして、やはり要所を彩るのは祭り囃子のような和の成分。さまざまな情景を切り取った歌詞が印象的で、野球のシーンを歌ったところでは応援のような三三七拍子にするなど遊び心も満載だ。
10眼福
アコースティック・ギターによる弾き語りのように幕をあける穏やかなバラード。ファルセットを用いたエモいヴォーカルがじんわりと沁みるが、少しつんのめったような譜割りのメロディや、どこか埃っぽいブルージィなギターがユニーク。
11ホラ吹き猫野郎
なんとも強烈なタイトルが目を惹くナンバー。イントロに登場するチンドン屋的な音が曲全体を支配しており、祭り囃子のようなアレンジによる和製ダンス・ロック・ナンバーだ。古風な言葉遣いも鮮烈で、独特なグルーヴ感を醸し出している。
12TOXIC BOY
中毒を意味する“TOXIC”を用いたタイトルや“錠剤頂戴”など若干キワドい内容のロック・チューン。“乱痴気騒ぎ”というフレーズがピッタリとくるはっちゃけたアレンジながら、サビでは王道のギター・ロックにシフトに変化するのが楽しい。
13百鬼夜行
タイトルどおり、妖怪たちのどんちゃん騒ぎが目に浮かぶようなサウンドを構築したナンバー。ラップに近いくらいに言葉を詰め込んだヴォーカルが特長で、昔話風の舞台設定にしつつ“現代の妖怪”たちを痛烈に批判しているのがおもしろい。
14KARMA CITY
打ち込みのサウンドを軸にギリギリまで音数を減らし、不思議な雰囲気を生み出したナンバー。“ほぼ”同じ内容の歌詞を、同時に、しかも異なったメロディで放つアレンジがとにかくユニーク。なんともいえないトリップ感がクセになりそう。
15ドーナツホール
ハチ名義で発表されたボカロ楽曲をセルフ・カヴァーしたギター・ロック・チューン。“ドーナツの穴のロジック”を、失ってしまったあなたという存在の記憶に置き換えた詞世界が秀逸。違和感なく聴けるのは、さすが制作者といったところか。