ミニ・レビュー
あっという間にお茶の間にも浸透したゲスの極み乙女。。メロディメイカーとしての川谷絵音のひとつの境地でもあり、バンドとしてのテンションも最高潮であるかのような勢いと完成度が両立した一枚だ。変拍子からのひらけた光景が眼前に広がるコーラスはまさに専売特許。今後の作風に思いを馳せたい。
ガイドコメント
前作『魅力がすごいよ』から約1年2ヵ月ぶりの2ndアルバム。2015年にリリースされたシングル「私以外私じゃないの」「ロマンスがありあまる」「オトナチック」などを収録している。
収録曲
01両成敗でいいじゃない
プログレッシヴ・ロック的なトリッキーなリフで幕を開けるナンバー。“両成敗が止まらない もう止まらない”という不思議なフレーズをサビに組み込みつつ、それをキャッチーに聴かせるという川谷絵音ならではのセンスが光る。
02続けざまの両成敗
「両成敗でいいじゃない」に続く人を食ったようなタイトルが目を引くロック・チューン。サウンドはギター・カッティングにピアノが絡むスタイリッシュな仕上がり。洗練されたアレンジとサビのコーラスで登場する“両成敗”という言葉のミスマッチ感が楽しい。
03ロマンスがありあまる
映画『ストレイヤーズ・クロニクル』主題歌のほか、バンドが出演したトヨタ「スペイド」「ポルテ」CM曲としても話題となった3rdシングル。“ありあまる”とリフレインするサビの不思議な中毒性、そして細やかなリズムが利いたアレンジが耳を引く。
04シリアルシンガー
シンプルなリズム隊に、ちゃんMARIのスペーシーなキーボードが不思議な浮遊感を与えるディスコ・チューン。“シリアルシンガー”というさまざまな示唆を含んだような単語を繰り返しながら、不思議な吸引力を持つストーリーを歌い上げる。
05勤めるリアル
ユニークなピアノのリフを中心に、テクニカルなリズムを切り出した高速チューン。主人公は“自称デスクマン 29の男子”。もう辞めようと思いながら、上司への思いや同僚の女性の“アリナシ”を思うなど、リアルな心情を早口ヴォーカルで歌う。
06サイデンティティ
ため息をつくことを意味する“sigh”に“identity”を混ぜ合わせた造語をタイトルに冠したナンバー。“画面上で言い訳し合う虚しい集団”と痛烈な皮肉を浴びせながら、自らのうちにある苦悩を吐露。ほないこかの激しいドラムが魅力的。
07オトナチック
ピアノとギターの複雑なアンサンブルやタイトなリズム、さらに言葉を詰め込んだ早口なヴォーカルなど、“ゲス乙女”ならではの要素が詰め込まれたナンバー。大人になることへの不満や疑問を歌いつつ、“前を向いて”など希望を感じさせる言葉に胸が響く。
08id 1
アコースティック・ギターの心温まる音色とコーラス、リズムマシンで作ったようなシンプルなトラックからなるナンバー。独白調の歌詞が印象的で、穏やかな導入からエモーショナルになることなくサラッと歌う“つまらなくても生きなきゃ”のフレーズが刺さる。
09心歌舞く
切れ味鋭いギター・カッティングを中心に据えたミディアム・アップ。タイトルの読みは“こころ かぶく”。“さよならさよならさよなら”とリフレインする川谷絵音らしいフレーズを織り交ぜながら、儚げな物語を歌い上げる。
10セルマ
一緒に飲んだ缶ビールの味が思い出せないんだ……一人になってしまった食卓の風景を描きながら、いなくなってしまった君との思い出を綴った切ない言葉が胸に染みる。ピアノを中心に、ベースとドラムのリズム隊のテクニカルなリズム遊びでつけるアクセントも魅力。
11無垢
アルバム『両成敗』での「無垢な季節」のイントロダクションといえる立ち位置の1分半ほどの小品。ピアノとコーラス、ストリングスによる穏やかなサウンドをバックに、手紙を朗読するような川谷の独白が乗る。リアルな映像を伴って頭に飛び込んでくる言葉の数々は秀逸。
12無垢な季節
「無垢」を受けてスタートする高速チューン。ピアノを軸にした夏の終わりを感じさせる切なめのサウンドと、その季節を走り抜けるような圧倒的なスピード感が印象的。花屋に並ぶユリの花をきっかけに、フラッシュバックする二人の記憶が悲しげに響く。
13パラレルスペック (funky ver.)
3rdミニ・アルバム『みんなノーマル』収録曲の別版。“funky ver.”の名の通りファンキーなテイストを軸にアレンジ。原曲もファンクっぽいリズムを刻んでいたが、よりグルーヴィな仕上がりに。歌詞を書く上での矜持ともいえる言葉の数々が鋭く切り込んでくる。
14いけないダンス
効果音のような電子サウンドをさまざまに散りばめたダンス・ロック・ナンバー。「いけないダンス」という暗喩的なタイトルは、“涙を隠しながら”“気付けば朝を嫌っていた”などの表現や儚げなサウンドスケープから許されぬ恋を連想させる。
15私以外私じゃないの
コカ・コーラのCMソングにも起用された2ndシングルは、ファンキーなテイストのポップ・チューン。ファルセットを用いた“私以外私じゃないの”というサビのフレーズはインパクト抜群。切れ味鋭いリズムと柔らかな女性ヴォーカルの対比が美しい。
16Mr.ゲスX
ちゃんMARIの80年代チックなシンセサイザーの音色が印象的なナンバー。“誰がXなんだろう?”と、タイトルにもなっている“Mr.ゲスX”を掛け合いしながら探す歌詞がユニーク。中盤でメタル調のヘヴィなサウンドへと変貌し、一気に駆け抜ける。
17煙る
ファンキーなリズム・アプローチながら、ゆったりとしたアンサンブルが耳を引くポップ・チューン。“消えかかるまで 大切さに気付けなかった”……さまざまな形での別れを想起させるサビのフレーズが印象に残る。ラストの唐突なカットアウトも象徴的だ。