ガイドコメント
前作『HEART STATION』から8年ぶりの6thアルバム。NHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』主題歌「花束を君に」や2012年に公開の映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』テーマ・ソング「桜流し」などを収録している。
収録曲
01道
軽やかな歌唱や“フッフッ……”のコーラス、ポップなリズムと明るさが注がれる展開だが、宇多田ヒカルというフィルターを通して人生とは? 人間とは? が語られる思慮深い曲。彼女ならではの独創的な譜割りや歌い回しも印象的。ここでの“あなた”の主は母・藤圭子か。
02俺の彼女
やさぐれたブルース歌謡風な導入から、男性と女性それぞれの視点で語られる宇多田ヒカル版『男はつらいよ』か。ほの暗いムードで男女の内面の脆さを吐露するうちに、仏語を交えた戯曲風の展開に。仏映画のような空虚と欲望とがさまようシリアスな曲だ。
03花束を君に
麗しいピアノのコードとストリングスが耳を引く、優しさがあふれるシンプルな展開が魅力。NHK朝ドラ『とと姉ちゃん』主題歌としても話題になった。飾らずもメッセージがしっかり届く歌唱も見事。「Letters」で置き手紙した母へ送るアンサー・ソングともいえる。
04二時間だけのバカンス (featuring 椎名林檎)
椎名林檎を迎えたほんのりとソウル・ポップス的な薫りを放つミディアム・チューン。序盤こそ“バカンス”を想わせる穏やかなムードだが、椎名の艶やかな歌が入るとグッと不倫色が濃くなっていくようで興味深い。強烈な個性同士の意義深い邂逅だ。
05人魚
ハープの音色には海辺に佇む人魚を想起させる強い力が働くのか。中盤からドラムを添えたミニマルなミディアム・トラックが展開するなかで、優しく包み込みながらも、淡く儚い死生観が読み取れるような詞世界が印象的だ。
06ともだち (with 小袋成彬)
水曜日のカンパネラやLUKCY TAPESを手掛ける小袋成彬が参加。アコギのアルペジオやホーンを導入し、シティポップ路線も意識したやわらかな作風が特色。友達と恋人との微妙な距離に葛藤する気持ちを吐露するが、ジェンダー的な視点も。
07真夏の通り雨
「Letters」路線のメロディを受け継ぎながら、より贅肉を削ぎ落としたようなシンプルなミディアム・バラード。あなたに馳せる想いを示した、“ずっと止まない止まない雨……”のコーラスのリフレインが胸を突く。宇多田流の母への追悼歌か。
08荒野の狼
ドイツの作家ヘッセの作品を冠したと思しきファンキー・ポップ。首輪を繋がれて生きるのはご免といいながら、人は皆帰る場所が欲しいと、孤独にさいなまれる葛藤を描く。黒いベースとチキチキしたドラムに吐息を絡ませたヴァースはヒップホップ的でもある。
09忘却 (featuring KOHH)
ほの暗いながらも美しさを湛えたアンビエントなムードからラッパーKOHHの情感あふれるフロウが放たれる、宇多田ヒカルの新境地。死生観を滔々と語る物憂げなムードを一瞬にして変える、宇多田の生命力にあふれる歌唱が鮮烈だ。
10人生最高の日
従来持っていたポップネスをてらいなく発揮したラヴリーなメロディが心を躍らせるポップ・チューン。“シェイクスピアだって驚きの展開〜”や一瞬タメを作ってからの“いつもと同じ”の歌唱に、安堵の感とセンスの才能が垣間見える。
11桜流し
『エヴァンゲリヲン新劇場版:Q』テーマ・ソングで話題に。だがそれ以上に、母の生前に発表されながらも、その喪失について問うたような詞世界と歌唱を見せた彼女の才能に感服。世の無常を綴りながら、悲しくも美しきピアノの旋律とともに展開する。