ガイドコメント
『ラッキー・タウン』と同時発売された10作目の92年作品。自己を再発見し、愛する者をより理解しようとするヒューマンな姿が描かれた作品で、エルヴィスを歌った「57チャンネルズ」ほか。
収録曲
01HUMAN TOUCH
メロウなバラードだが、ワイルドなインスト・パートを経て、終盤にはパワフルなバラードへと変貌する。「わずかばかりの人間の温もりをシェアしたいだけ」という前妻ジュリアンに向けて歌っているような歌詞が話題になった。パティ・シャルファのコーラスも秀逸。
02SOUL DRIVER
「俺をお前の魂の運転手にしてくれ」という一節が耳に残るソウルフルなバラード。尺八仕様のシンセサイザーが効いている。恋だの愛だのといった類の戯言よりも、魂そのものの結びつきを求める歌。新妻パティ・シャルファのゴスペル調ハーモニーも好演。
0357 CHANNELS (AND NOTHIN' ON)
デジタル・ビートをバックに無表情なラップ調ヴォーカルを披露する曲。「57チャンネルあるのに、観たいものが何もない」から、エルヴィスと名づけた銃でテレビを撃った、という歌詞が秀逸。それは前妻との空っぽの結婚生活をも象徴しているかのように響く。
04CROSS MY HEART
サニー・ボーイ・ウィリアムソンの原曲に手を加えたブルース・ロック調の曲。その歌声にはメランコリックなニュアンスもあるが、「人生は冷たく厳しい旅だが/俺はやめないよ/満足するまでは」という覚悟もここにはある。ブルージィなリード・ギターも秀逸。
05GLORIA'S EYES
イカしたギター・リフが先導するロック・チューン。スプリングスティーンらしい雄々しいヴォーカルが聴けるが、歌詞は「俺はお前のビッグマン/魅力的な王子/白馬の王だったが/もうメッキが剥げてしまった」と情けない。結婚に関わる教訓がここにもある。
06WITH EVERY WISH
エスニックなムードも漂う美しいサウンドをバックに「願いをかけるたびに呪いもやって来る」と歌われるバラード。ナマズと美女、釣りと恋愛を一緒にしてしまうところが彼らしい。どんなに酷い目にあっても懲りずに次の出会いを求めてしまう、という歌詞の展開も人間的。
07ROLL OF THE DICE
やたらと威勢のよいロック・チューン。落ち目のギャンブラーが最後の大勝負に賭ける歌だが、当時のスプリングスティーンが自身の現状をやや自嘲気味に描いた歌詞でもある。たとえカラ元気でも威勢だけはよい方がいい、というニュアンスの歌と演奏が楽しい。
08REAL WORLD
幻想の世界からの脱却を願うスプリングスティーン流ゴスペル・ソング。過去の自分の行為を「間違いだった」と認め、「お前と一緒に現実の世界へ進もう」と歌っている。新たなパートナーであるパティ・シャルファとのソウルフルなハーモニーが素晴らしい。
09ALL OR NOTHIN' AT ALL
いかにもロックンロールらしいテーマのロックンロール・チューン。なにしろ「すべてか無か」だから、話は早い。古い世代の男らしさにこだわるスプリングスティーンらしいテーマでもある。複雑な世の中を単純に割り切りたい、という願望もここにはあるのだろう。
10MAN'S JOB
古風な男らしさにこだわるスプリングスティーンらしいパワフルなラブ・ソング。「本物の女を愛するのは一人前の男の仕事」という歌詞はいかにも彼らしいが、最後のヴァースでのつかの間の弱気も実は彼らしい。パティ・シャルファのハーモニーも力強い。
11I WISH I WERE BLIND
「恋人と一緒にいるお前を見ると/盲目だったらよかったと思う」と歌われる失恋のバラード。古風な男らしさにこだわる男性には弱点も多いが、嫉妬心が強すぎるのもそのひとつ。ここまで想ってもらえれば喜ぶ女性もいるだろうが、怖いと感じる人もいるはず。
12THE LONG GOODBYE
レイモンド・チャンドラーの探偵小説から借りてきたタイトルを持つロックンロール・チューン。音楽シーンからの引退をほのめかしているような歌詞もあるが、これは彼の新たな旅立ちを象徴的に表現していると考えるべきだろう。曲調も基本的にはポジティヴだ。
13REAL MAN
「本物の男」について歌ったR&B調の曲。ホーン・セクションをフィーチャーしたサウンドがイカしてる。「胸を叩いて強がるのはサルにもできる」と「お前は俺を本物の男だと感じさせてくれた」との間の僅かな差異にこだわってみせるところがいかにも彼らしい。
14PONY BOY
トラディショナル・ソングに手を加えたフォーク・ブルース調のバラード。新妻パティとの間に生まれた愛息エヴァ・ジェイムズに捧げられている。アコギのアルペジオをバックにしたスプリングスティーンの穏やかな歌声とパティのハーモニーが心地良く響く。