ガイドコメント
87年の9作目。デジタル録音システムを自宅に持ち込みレコーディング。家族や恋人など彼のより身近な人間との関係を描いたパーソナルな作品で、叙情的なバラード・ナンバーを数多く収録。
収録曲
01AIN'T GOT YOU
ア・カペラから始まる曲。アコギとマウスハープが刻むボ・ディドリー調のジャングル・ビートに乗って、実際に大金持ちになったスプリングスティーンが「富と名声を手に入れたが、お前だけは手に入れていない」と歌っている。自分自身への手厳しい皮肉か。
02TOUGHER THAN THE REST
「俺は他の連中よりもタフだぜ」という印象的なフックを持つ曲。といっても自分のマッチョぶりをひけらかしているわけではなく、恋に傷ついた経験を乗り越えてきたことを“タフ”と表現しているようだ。穏やかに淡々と歌われているが、実は熱烈なラブ・ソング。
03ALL THAT HEAVEN WILL ALLOW
「この世のすべてを手に入れたい」と歌われる曲。楽天的なカリプソ調のリズムに乗って、金はないが野心だけはたっぷりと持っている青年が「理想の美女と会うために店に入れて欲しい」と用心棒に頼んでいる。作詞家としての彼の才能を改めて思い知らされる曲。
04SPARE PARTS
不吉な汽笛のようなサウンドで幕を開けるブルージィなロック・チューン。妊娠中に婚約した男に逃げられたシングル・マザーの物語。スプリングスティーンがハードに吠えまくり、エキセントリックなリード・ギターが暴れまわる。作詞家としての技巧も光る秀作。
05CAUTIOUS MAN
幸福な結婚生活を送りながら不安や恐怖に怯える男の物語を歌ったカントリー調のバラード。アコースティックなサウンドをバックに、スプリングスティーンが穏やかに歌う。両手に刺青をした主人公は、映画『狩人の夜』(1955年)からインスパイアされたようだ。
06WALK LIKE A MAN
父に語りかける自伝的なバラード。結婚式での涙のエピソードから5歳のときの可愛らしい想い出まで、かつては衝突したこともあったはずの父に向かって優しく、そして最敬礼するように歌っている。「男らしく歩く」というのは彼にとって大切なことのようだ。
07TUNNEL OF LOVE
遊園地を連想させる効果音を多用した曲。何が起こるかわからない結婚生活の未来を遊園地のアトラクションにたとえて歌ってみせる。カラフルなコーラスをフィーチャーしたアレンジも見事だが、ニルス・ロフグレンのギター・ソロも秀逸。全米9位のヒットを記録。
08TWO FACES
ギターの弾き語りから始まるバラード。「俺の中には2人の男がいる」という多重人格を思わせる歌詞が面白い。語り手の男は自分が“良いほうの俺”だと主張しているわけだが、もしかしたら“悪いほうの俺”かもしれない。そんなことを想像しながら聴きたい曲。
09BRILLIANT DISGUISE
エルヴィス・コステロもカヴァーしている名曲。妻の不貞を疑う夫の歌かと思って聴いていると、自分自身さえも信頼していないことが告白される歌詞が秀逸。ラテン的な曲調と見事な編曲によるドラマティックなサウンドも素晴らしい。全米5位のヒットを記録。
10ONE STEP UP
メランコリックなサウンドをバックに、崩壊寸前の夫婦の冷えきった関係が歌われる。「俺がなりたかった男はそこにはいない」という一節は重い。浮気を予感させる最後のヴァースでの“昨夜の夢”を象徴するドリーミーなコーラスが美しい。全米13位のヒットを記録。
11WHEN YOU'RE ALONE
突き放すような歌い方が耳に残るカントリー調のバラード。どちらが悪いと歌っているわけではないが、自分に対して正直になり過ぎたせいか、相手を思いやるような心遣いはここにはない。愛が終わるときはいつも、こういうものだ、と改めて思い知らされる曲。
12VALENTINE'S DAY
いつものようにハイウェイを車で走っている男が登場するワルツのバラード。河のように流れるシンセサイザーをバックに、愛する者が待つ我が家へと戻るために車を飛ばしている男の心情が歌われる。愛する者を失うことに対する強い恐怖の念がここにはある。