ミニ・レビュー
『ザ・リバー』は1枚に収まらないから2枚組ではなく、たっぷり20曲突っ走るロックン・ロール集である。しかも内容はまさに彼の生きざまそのものだ。オートチェンジャーで切れ目なしに聴きたいものである。『ネブラスカ』はバックなしの自身のギターとハーモニカのみを使った異色の作品。ステージの激しさとは打って変わった内に秘めた情熱が伝わってくる。
収録曲
[Disc 1]
01THE TIES THAT BIND
サックスのソロをフィーチャーした典型的なスプリングスティーン流ロック・チューン。去っていこうとしている恋人に「2人の絆を切ることはできない」と語りかけるラブ・ソング。歌詞やメロディがどうこうというよりも、彼の歌とバンドの演奏の勢いこそが最大の魅力。
02SHERRY DARLING
観客の歓声などを挿入した擬似ライヴ仕様の曲。陽気なカリビアン感覚が心地良いカリプソ調ロックンロール・チューン。ママとのセットで車に乗せなければならないガールフレンドに語りかける歌詞も楽しい。ひたすら楽天的なムードに浸れるラブ・ソング。
03JACKSON CAGE
スネアの連打から始まる強烈なロック・チューン。ひとりの女性の孤独な生活を描いた歌詞とジャクソン刑務所の恐ろしさを語る歌詞が交互に繰り返される。何があっても刑務所に入るような真似だけはするな、というメッセージはいかにもスプリングスティーンらしい。
04TWO HEARTS
ポジティヴな勢いにあふれたアップ・テンポのロックンロール・チューン。「ふたつの心の方がひとつよりもいい」というパワフルなフックがこの曲の強力なエンジンになっている。本気でそう信じることができれば、世界中の恋人たちは皆、もっと強くなれるはず。
05INDIPENDENCE DAY
自分自身の“独立記念日”を宣言するバラードの名曲。息子は父と同じ道を歩むことを拒否し、この家とこの町から出て行くことを父に告げる。男なら誰もが一度は経験することになるはずの“独立宣言”の瞬間を、劇的に、しかし優しく描いている歌詞が秀逸。
06HUNGRY HEART
1960年代ポップのエッセンスを凝縮したようなスプリングスティーン流“音の壁”が楽しめる秀逸なポップ・ソング。「誰もが飢えた心を抱えてる」というパワフルなフックに抗うことは難しい。当初はラモーンズに提供するはずの曲だったという。全米5位のヒットを記録。
07OUT IN THE STREET
週末にストリートに飛び出したら自由だ、と歌われる単純明快なパーティ・ソング。月曜日から金曜日まで埠頭で積荷を担いで働き、そこで稼いだ金を持って週末に恋人に会いに行く、という彼はスプリングスティーン・ソングの典型的な主人公のひとり。
08CRUSH ON YOU
心臓が破裂したような音で幕を開ける痛快なロックンロール・チューン。信号で止まった“Hong Kong special”の車の中の“c'est magnifique”にひと目惚れした男の大騒ぎ。医者の注射が必要なほど重症らしい。バンドの勢いはもはやライヴそのもの。
09YOU CAN LOOK (BUT YOU BETTER NOT TOUCH)
欲望を刺激するものだらけの現代社会を揶揄したロックンロール・チューン。繰り返される「見てもいいけど/触っちゃダメ」というフックが象徴的。真面目に歌えば歌うほどおかしい、というタイプのスプリングスティーンらしいユーモアのセンスが発揮された曲。
10I WANNA MARRY YOU
「お前と結婚したい」とストレートに告白するラブ・バラード。働きながら2人の子供を育てているシングル・マザーが相手、というところがスプリングスティーンらしい。「お前の夢を叶えてやるなんて言えないが/だけど手助けはしてやれる」というセリフが泣かせる。
11THE RIVER
「干上がった河」がアメリカの夢の終焉を象徴するバラード。アコギとマウスハープをフィーチャーした演奏をバックに「大切だと思われたすべてのもの」を失ってしまった男の過去と現在が歌われる。「叶えられない夢は偽りなのか」という歌詞の一節は重い。
[Disc 2]
01POINT BLANK
アルバム『ザ・リバー』のなかで最も不吉なバラード。「目を覚ましたら/お前は死んでいる」という明日の出来事が過去なのか未来なのかわからないところが怖い。ピアノ主体の演奏をバックにしたスプリングスティーンの歌声も、暗い無力感に支配されている。
02CADILLAC RANCH
ミディアム・アップのロックンロール・チューン。“Cadillac Ranch”はテキサスにある現代アートのオブジェ。10台のキャディラックが頭から地面に突っ込んでいる。この曲でのキャディラックは没落しつつあるアメリカの象徴であり、不吉な運命の象徴でもある。
03I'M A ROCKER
「007」や「バットマン」から「コロンボ」や「コジャック」まで、虚構のヒーローの名前を散りばめたロックンロール・チューン。このラブ・ソングでの“rocker”は彼らよりもずっと頼りになる存在だから、“I'm a rocker”というフックも立派な口説き文句になる。
04FADE AWAY
恋人から三くだり半を突きつけられた男が「俺は消えたくない」と主張するバラード。彼女に寂しい想いをさせてきた男が、いまは寂しい想いを味わっている。エコーだらけのサウンドが男の希望の非現実性を象徴している。そして、男の歌声はフェイド・アウトしていく。
05STOLEN CAR
「盗んだ車」を運転している男のバラード。互いの心が離れてしまった夫婦の片割れである男が「盗んだ車」を運転している。それだけの歌だが、決して他人事ではないリアリティがある。最後の「暗闇の中に消えてしまうのではないか」という一節が怖い。
06RAMROD
1932年型フォードが登場するビーチ・ボーイズばりのホットロッド“ラムロッド”ソング。車は性的な比喩表現でもあるから、「ラムロッドしよう」というのは「性交しよう」という意味にもとれる。そこで「教会」を持ち出すところがいかにも彼らしいが。
07THE PRICE YOU PAY
「払うべき代価」について歌った苦いバラード。幻想でしかなかった“アメリカの夢”が成就されないこと自体が「払うべき代価」なのかもしれない。敗北した男たちの嘆きを代弁するかのようなマウスハープが沁みる。最後の一節は儚い抵抗だが、泣かせる。
08DRIVE ALL NIGHT
不穏な街を背景にした熱烈なラブ・バラード。恋人に会うために一晩中、車を走らせる、と約束する主人公にはもう彼女以外はどうでもいい。心が張り裂けそうなほどエモーショナルなシャウトを聴かせるこの曲は、スプリングスティーン流ゴスペル・ソングともいえそうだ。
09WRECK ON THE HIGHWAY
昨夜、ハイウェイで事故を起こした車と大怪我をした若い男を見た、と歌われるバラード。主人公は若い男の恋人や妻のことを思う。その後、愛する人と一緒にいる時にも彼はその事故について考え続けている。それだけの歌だが、やけに心に残る1曲。