ガイドコメント
ロック・オペラと先駆的1枚となった金字塔アルバム、69年発表作品の再発盤。壮大でコンセプチュアルな本作は、彼らを世界的に知らしめた。「ピンボールの魔術師」など名曲が多数収録。
収録曲
01OVERTURE
アコギとドラムスを中心にしたドラマティックな演奏が圧巻。フレンチホルンやオルガンが効果的に挿入され、本篇の予告を奏でる。やがて“不在の父とまだ生まれていない子供”が紹介され、バロックとフラメンコを融合させた秀逸なギター・ソロが披露される。
02IT'S A BOY
アコースティック・ギターとフレンチホルンが奏でる牧歌的なイントロに続いて、ピートが澄んだファルセット・ヴォイスで男の子の誕生をウォーカー夫人に告げる。その後の「息子だ、息子だ、息子だ」という男声コーラスはいかにもミュージカル風。
031921
ピアノをフィーチャーした演奏をバックに、ピートが歌う美しいバラード。母が愛人と浮気している現場に父が帰宅し、幼い息子の目の前で父が愛人を殺してしまい、さらに両親が息子に沈黙を強要する、という複雑な歌詞が繊細で劇的なメロディで歌われる。
04AMAZING JOURNEY
ワンマン・オーケストラのごときキースのドラミングが牽引する劇的なサウンドをバックに、三重苦の少年トミーの心の中の“驚くべき旅”について、ロジャーが歌う。当時のピートが心酔していた導師ミハー・ババの教えがこの曲の歌詞にも反映している。
05SPARKS
『ザ・フー・セル・アウト』収録の「ラエル」を下敷きにしたインストゥルメンタル曲。アコギ、ベース、ドラムスを主体にしたダイナミックかつドラマティックなサウンドは、トミーの“驚くべき旅”と“導師との邂逅”を音楽的/音響的に表現しているのかもしれない。
06EYESIGHT TO THE BLIND (THE HAWKER)
サニー・ボーイ・ウィリアムスンのブルース・クラシックのカヴァー。ロック・オペラ『トミー』の中で唯一の非オリジナル曲。街頭で香具師が語る口上という設定で“視覚や聴覚や言語に障害を持つ者さえも俺の女なら魔法で治せる”とロジャーが歌っている。
07CHRISTMAS
クリスマスもキリストも理解できない三重苦の息子トミーについての父親の嘆きをロジャーが歌う。続いて母親役のピートが「トミー、聞こえるかい?」と語りかけると、今度はトミー役に転じたロジャーが「僕を見て、僕を感じて、僕を触って、僕を治して」と歌う。
08COUSIN KEVIN
三重苦の少年トミーを苛める従兄弟のケヴィンが思いつくさまざまなイジメの手法を作者のジョンが歌う。ザ・フーならではの意地の悪い趣向だが、コーラスを多用したフックは意外にも美しい。曲調と歌詞とのミスマッチもザ・フーらしいいたずらのひとつ。
09THE ACID QUEEN
障害を治す力を持つとうそぶく“アシッド・クイーン”の歌。ドラッグとセックスの比喩に満ちた歌詞からもわかるように、三重苦の少年トミーの障害はさらに悪化する。このオリジナル版ではピートが歌っているが、映画版ではティナ・ターナーが歌っていた。
10UNDERTURE
『ザ・フー・セル・アウト』収録の「ラエル」を下敷きにしたインストゥルメンタル曲。アコギとドラムスを中心にした演奏で、キースのドラミングがオーケストラばりの効果を上げている。不安、苛立ち、恐怖など、ネガティヴな感情を饒舌に表現したサウンドが素晴らしい。
11DO YOU THINK IT'S ALRIGHT?
三重苦の息子トミーを酔っ払ったアーニー叔父さんに預けて遊びに出掛けようとしている両親の会話を歌にしたもの。20秒あまりの他愛のない歌だが、意外に印象に残るのは、ダブル・トラックによるロジャーの歌声が驚くほどジョン・レノンに酷似しているため。
12FIDDLE ABOUT
変態のアーニー叔父さんが三重苦の少年トミーを虐待する歌。風変わりな曲の専門家であるジョンが書き、そして歌っている。性的虐待を暗示する歌詞と馬鹿げたフックのリフレインがおかしい。限りなく喜劇に近い恐怖、という趣向のサウンドも楽しい。
13PINBALL WIZARD
ロック・オペラ『トミー』の白眉であり、ザ・フーの最高傑作のひとつでもある名曲。三重苦の少年トミーが“ピンボールの魔術師”になる、という発想も秀逸。ロック史上に残る最強の楽曲のひとつを作り上げたピートの才能とザ・フーの表現力に改めて最敬礼。
14THERE'S A DOCTOR
三重苦の息子トミーを治してくれそうな医者を見つけた歓びを父親が歌う20秒強の曲。ピアノをバックに「いい医者を見つけたぞ」とピートとコーラス隊が歌っている。わずか数秒間だが、打撃の天才キースのドラミングが効果的な仕事をしている。
15GO TO THE MIRROR!
ロック・オペラ『トミー』の謎の鍵を握る重要な曲のひとつ。鏡を見ることで一種の啓示を得た三重苦の少年トミーが治癒への一歩を踏み出す。「ミラー・ボーイ」のアグレッシヴなリフと「俺たちはしないよ」のピースフルなコーダがいく度も劇的に繰り返される。
16TOMMY, CAN YOU HEAR ME?
アコースティック・ギターを掻き鳴らしながら「トミー、聞こえるかい?」と合唱するフォーキーな小品。ジョンの弾むようなベースも効果的。妙に陽気な歌声は、所詮他人事の気楽さを表現しているのか? あるいは自閉症者の恐怖が歪めた表現なのか?
17SMASH THE MIRROR
キースのフィル・インから始まるブルース・ロック。鏡を見つめ続けるだけで何も反応してくれない三重苦の少年トミーに苛立った母親の愚痴を、ロジャーがブルージィに歌う。母親は最後に「それなら鏡を壊すわよ」とトミーに告げ、鏡が割れる音のSEでカット・アウト。
18SENSATION
ピートが歌うフォーク・ロック調の曲。覚醒したトミーが救世主となって凱旋する。ダイナミックな生音サウンドに牧歌的なフレンチ・ホルンが絡む、ザ・フーならではの展開が心地よい。原曲は1968年の豪州ツアーで出会った女性についての歌だったと言われている。
19MIRACLE CURE
わずか12秒の小品。街角の新聞売りが号外を配っている。ヴォーカリーズのようなタッチのジャジィなコーラスが“号外”を告げ、“ピンボールの魔術師”が“奇跡的に治癒”したことを知らせる。壮大なロック・オペラの中のアクセントとしては効果的。
20SALLY SIMPSON
ピートがややボブ・ディラン風に歌うフォーク・ロック調のバラード。熱狂的なファンとカリスマとの関係を描いた物語風の歌詞が面白い。新興宗教の教祖とロック・スターとの間には本質的な相違などない、とピートが言っているようにも聴こえる。
21I'M FREE
覚醒した教祖トミーの信者への説教をピートが歌う。能動的なリフと流麗なメロディ、弾むように絡み合うピアノとアコギ、秀逸なギター・ソロ、そして踊るようなキースのドラミングが楽しめる。終盤には「ピンボールの魔術師」のリフが引用されている。
22WELCOM
夢見ごこちのワルツ。信者たちを我が家に招き入れる教祖トミーの歓迎の言葉をロジャーが歌う。中盤にはテンポ・アップし、曲調が変化するが、終盤には再び夢見ごこちのワルツに戻る。キースのドラミングがテンポや曲調の変化を巧みにコントロールしている。
23TOMMY'S HOLIDAY CAMP
キースが歌う滑稽な曲。ホリデイ・キャンプを訪れた信者たちを変態のアーニー叔父さんが歓迎する。遊園地の手廻しオルガンのチープなサウンドとキースの素っ頓狂な歌声で笑わせるが、エンディングの超低音の“Welcome”のひと言は不気味。
24WE'RE NOT GONNA TAKE IT
「We're Not Gonna Take It」と「See Me, Feel Me」を合体させたミニ組曲。信者たちは教祖のやり方を拒絶するが、トミーは心の中の導師と再会し、「貴方に従って山を登ろう」と決意する。聴く者の魂を高く舞い上がらせる感動のクライマックスがここにはある。