ガイドコメント
1975年に発表された、アコースティック・サウンドによる穏やかな印象の傑作。詩の面でもこれまでと一味違う味わい深い作品が多く収録されており、特に「愚かな風」は70年代を代表する1曲となった。
収録曲
01TANGLED UP IN BLUE
時間の外の視点から描かれた独創的なバラード。シンプルだが的確な演奏をバックに、自伝的要素を含む架空の神話的な遍歴をディランが歌う。比較できるような曲がない唯一無比のオリジナリティは、未来のためのトラディショナル・ソングのように個性的に響く。
02SIMPLE TWIN OF FATE
完全無欠の名唱による完全無欠な名曲。アコギとマウスハープとベースのみの簡素な演奏をバックに、天から降ってきたようなメロディと歌詞を自然体のヴォーカルで完璧に歌ってみせる。天才の仕事とは何かを教えてくれる、魔法のようなラブ・バラード。
03YOU'RE A BIG GIRL NOW
丹念に描かれた絵画のように美しいバラード。丁寧に重ねられたアコギの響きと繊細なドラミングが奏でる抒情的なサウンドをバックに、弘法の一筆書きのようなヴォーカルをディランが披露する。これ以上はあり得ない最高の瞬間を捉えた感動的な名唱に息をのむ。
04IDIOT WIND
1960年代の傑作「ライク・ア・ローリング・ストーン」と比較された70年代の傑作。オルガンを効果的に配したサウンドをバックに、人間がいかに愚かなものであるかについてを8分近い時間をかけて歌ってみせる。結婚の難しさを思いしらされる名曲でもある。
05YOU'RE GONNA MAKE ME LONESOME WHEN YOU GO
カントリー調のサウンドに彩られたフォーキーなバラード。古い民謡かのように馴染んだメロディと歌詞を、ディランは新鮮な感動をもって歌ってみせる。そこにあるものをただ無造作につかんだような歌と演奏が素晴らしい。3分足らずの小品だが佳作。
06MEET ME IN THE MORNING
セミ・アンプラグドな編成によるオリジナル・ブルース。エリック・ワイズバーグらによる繊細かつ大胆な演奏をバックに、暗喩だらけのラブ・ソングをやや演技過剰気味に歌ってみせる。二度と会えないことを知りながら「朝に会おう」と歌うところがブルージィ。
07LILY, ROSEMARY AND THE JACK OF HEARTS
開拓時代の西部を舞台にした物語を歌ったバラード。カントリー調の演奏をバックに、ハートのジャック、リリー、ローズマリーらが登場する飛躍だらけの寓話的なストーリーが展開される。ディランが発する言葉の意味と音を、まるごと味わえる快感に満ちた8分50秒。
08IF YOU SEE HER, SAY HELLO
1970年代のディランを代表するラブ・バラードの名曲。アコギとマンドリンによる絶妙のアンサンブルをバックに、それ以外にはあり得ないメロディと歌詞の組み合わせを、ディランが最良の歌い方で表現してみせる。彼の歌声をサポートするアコギの音色も泣かせる。
09SHELTER FROM THE STORM
新たな地平への旅立ちを象徴する意欲作。この曲が求めたヴォーカル・スタイルは沈黙の間を強調したものだった。よりエッセンシャルに研ぎ澄まされた歌声が唯一無二のメロディを歌う。RPGでいえば、中ボスを倒した直後に異世界へ飛ばされたようなものか。
10BUCKETS OF RAIN
たとえば、100万マイルを旅したホーボーが旅路の果てで歌った伝承古謡のようなバラード。老人と子供の間に共通する感覚がここにはある。“癒し系”という言葉はこの曲のためにあるのかもしれない。ベット・ミドラーとのデュエット・ヴァージョンも聴いておきたい。