ミニ・レビュー
ユーミンが'78年に発表したアルバム『紅雀』から最新作の『ノーサイド』まで、オリジナル・アルバムでCD化されていなかった12点の総てが、やっとCD化されて出た。'80年12月に発表された『サーフ&スノウ』以前と、ミニ・アルバム『水の中のASIAへ』をはさんで、'81年11月発表の『昨晩お会いしましょう』以降とでは、ユーミンが想定している聴き手が大きく変わっているようだ。荒井由実時代と松任谷由実時代との間にある違いは、歌われている情景のリアリティーの有無だったが、ここではニューミュージックの女王から歌謡曲の女王への歩みが始まったといえるのではなかろうか。より広い幅の聴き手を対象としはじめたのが'81年にシングル「守ってあげたい」のヒットから、ユーミンのアルバム・セールスが飛躍的に伸びているのだから……。 半年に1作のペースでアルバムを発表してきたユーミンも、最新作『ノーサイド』以降はその間隔が長くなりそう。というのも、各作品ともにしっかりと水準を保っていること自体が、実は驚異的なことなのだ。ポップ・スター、ユーミンの歴史のすごさを思い知らされる一方で、これからに期待させる作品群を持っているのがユーミンなのだ。アルバムで味わうユーミンの楽しさの他に、コンサートの楽しさもある人なのである。
収録曲
019月には帰らない
“松任谷”名義初のアルバム『紅雀』のオープニング曲。1曲目にしては意表を突くほど落ち着き払ったナンバーで、“負けないわ”というフレーズからも結婚後の新たな決意が感じられる。休符を上手に使った旋律が印象的。
02ハルジョオン・ヒメジョオン
フォルクローレ調のノスタルジックなナンバー。“私だけが変わり みんなそのまま”というフレーズに、当時のユーミンの複雑な想いが秘められていると捉える聴き手も多い。真っ赤な川辺を想起させる完成度の高い歌詞に注目。
03私なしでも
ブラジリアン・テイストの爽やかなナンバー。早朝に恋人のもとを離れる女性の“お別れソング”で、これまでのユーミン作品にはなかった自立した女性像が描かれている。軽快なサンバ・リズムが未練の微塵も感じさせない。
04地中海の感傷
曲調はボサ・ノヴァだが、スペインのバルセロナを舞台にした哀愁ソング。異国の地で恋人を探し求める切ない想いを、直接的な心理描写なしで見事に表現した会心の作。1拍で始まるイントロなど、抜群のアレンジにも注目。
05紅雀
爽快なリズムに乗せて愛する人への熱い想いを高らかに歌い上げる、5thアルバムの表題曲。ボサ・ノヴァらしい洗練されたメロディやユーミンのハミングをバックにしたフリューゲル・ホルンのソロなど、聴きどころ満載。
06罪と罰
爽やかなラテン・ナンバー。“死にたくなる”ほど情熱的な愛を歌った曲だが、タイトルからテーマは不倫などの許されない情事だと考えられる。スペイン語らしきコーラスや緩急を付けたエンディングなど、アレンジも秀逸。
07出さない手紙
4ビート基調の落ち着いたナンバー。恋人との別れを後悔しつつ、これ以上迷惑はかけたくないという気持ちを綴った健気な1曲。情感のこもったヴォーカルに、ユーミンの女としてのかわいらしさがにじみ出ている。
08白い朝まで
小雨の降る都会の公園で独り佇んで淋しさにふける、物悲しいナンバー。低音を這うように歌うAメロはわずか1回、サビも2回しか歌われないコンパクトな3分15秒だが、悲愴感漂う孤独な姿を鮮明に描き切っている。
09LAUNDRY-GATEの想い出
かつての友人との想い出を綴ったナンバー。10代だった当時の記憶を鮮明に思い描く青春の1ページのような曲で、ゆったりとした16ビートが実にノスタルジック。タイトルは実在した立川米軍基地のゲートのひとつ。
10残されたもの
アルバム『紅雀』のラストを飾るバラード曲。晩秋の淋しさと孤独感を重ね合わせた、非常に暗い歌詞が特徴的。ドラマティックな展開を経て淋しげなピアノのフェード・アウトで終わるため、強烈に虚しい余韻を残す。